国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が運用する「大学ファンド」の2025年度実績が、2026年7月3日に公表されました。収益率は時間加重で+10.7%、運用資産額は12兆2,542億円。運用開始(2022年3月)からの累積では収益率+21.3%、収益額にして約2兆3,130億円に達しています。10兆円規模で始まったこのファンドは、内閣府の資料が明言するとおり、米国大学のエンダウメント(寄付基金)を手本に設計されました。本稿は、シリーズ①イェール・モデルの中身と「今も有効か」で見た「本家」の設計と照らし合わせ、日本版がいまどこまで来ているのかを、公表資料の記載に沿って整理します。エンダウメント・シリーズの最終回にあたります。
この記事の数値・事実は、JSTの業務概況書、内閣府CSTIの公表資料、GPIFの運用状況報告といった一次資料から採っています(記事末尾に出典URLを一覧掲載)。本記事は情報提供を目的とするもので、特定の運用商品・手法を推奨するものではありません。運用の巧拙は測定期間の取り方で大きく変わるため、単年の数字で優劣を断じることは避けています。
2025年度実績:4年累積で+21.3%
まず、公表されたばかりの2025年度実績です。

年度ごとの推移を追うと、次のようになります。
| 年度 | 収益率(時間加重) | 収益額 | 年度末運用資産額 |
|---|---|---|---|
| 2021年度(運用開始月のみ) | +0.3% | +95億円 | — |
| 2022年度 | −2.2% | −604億円 | 9兆9,644億円 |
| 2023年度 | +10.0% | +9,934億円 | 10兆9,649億円 |
| 2024年度 | +1.7% | +1,882億円 | 11兆1,056億円 |
| 2025年度 | +10.7% | +1兆1,822億円 | 12兆2,542億円 |
運用初年度の2022年度こそ−2.2%と沈みましたが、翌2023年度に+10.0%、直近2025年度も+10.7%と、ならしてみれば立ち上がりつつある姿です。運用開始からの累積収益額は約2兆3,130億円、累積収益率は+21.3%。10兆円で始めた元手が、4年で12兆円台に乗ったことになります。単年の上下は市場環境に大きく左右されるため、ここでは「4年を通して累積プラスを確保している」という事実までを確認するにとどめます。
設計思想:米国エンダウメントを手本にした出発点
このファンドが「日本版エンダウメント」と呼ばれるのは、設計の出発点にはっきりした根拠があるからです。内閣府CSTI(総合科学技術・イノベーション会議)が定めた「大学ファンドの資金運用の基本的な考え方」(令和3年8月)は、その脚注で「米国大学のエンダウメントでは資産構成割合の8割以上を株式相当資産に配分していることが多い」と記し、米国型の運用を明示的に参照しています。運用・監視は合議制の委員会が担う体制です。
運用目標も同資料が定めています。「支出(ペイアウト)目標率3%+物価上昇率」以上(諸経費控除後)という考え方で、策定時(令和3年8月)の物価上昇率の推計1.38%を足すと、当時の試算では計4.38%でした。「毎年3%を大学に配りながら、元本を物価上昇に負けないよう殖やす」という、本家エンダウメントの支出方針とよく似た発想です。
ただし、ここで正確に押さえておくべき点があります。この運用目標は、運用の立ち上げ期には適用されないと、JSTの2025年度業務概況書に明記されています。 ポートフォリオを構築している途中の段階では、目標に対する達成・未達を云々する局面ではない、という位置づけです。したがって「4.38%を上回ったか」といった評価は、現時点ではまだ問う段階にありません。
ポートフォリオの現在地:「エンダウメント型」への移行途上
では、実際の資産配分はどう動いてきたのでしょうか。

年度末の実績構成比を並べると、移行の跡がはっきり見えます。
| 年度末 | グローバル株式 | グローバル債券 | オルタナ | 短期資産 |
|---|---|---|---|---|
| 2022 | 17.2% | 54.6% | 0.6% | 27.6% |
| 2023 | 25.7% | 65.7% | 2.8% | 5.8% |
| 2024 | 25.7% | 65.0% | 8.2% | 1.2% |
| 2025 | 28.8% | 56.8% | 13.9% | 0.4% |
株式は17.2%から28.8%へ、オルタナティブ資産は0.6%から13.9%へと着実に厚みを増しています。プライベート資産へのコミットメント額は2025年度で2.8兆円、実際の投資残高は1.4兆円まで積み上がりました。方向としては、たしかに「エンダウメント型」へ舵を切っています。
一方で、なお債券が56.8%を占めており、現在の姿は伝統資産中心です。ここで、しばしば混同される数字を正確に切り分けておきます。
- 「株65:債35」という比率がよく引かれますが、これはレファレンス・ポートフォリオと呼ばれる、許容リスク量を測るための物差し(ベンチマーク)であって、実際の配分目標ではありません。最終的にこの比率へ寄せていく、という意味ではない点に注意が必要です。
- 実配分の目標にあたる基本ポートフォリオの目標構成比は非公開です。市場に与える影響を避けるための扱いで、外部からは目標地点そのものが見えません。
- ポートフォリオの構築完了は2031年度末までのできる限り早い段階が目標とされており、現在はまだその途上です。
つまり現時点の配分は「完成形」でも「最終目標」でもなく、構築の途中経過として読むのが正確です。
本家との距離:いまはGPIF似の伝統資産中心
同じ2026年7月3日には、公的年金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の2025年度実績も公表されました。せっかくなので、本家エンダウメントも含めて並べてみます。

| 運用主体 | 直近年度リターン | 特徴 |
|---|---|---|
| JST大学ファンド | +10.7% | 債券57%・オルタナ13.9%(移行途上) |
| GPIF | +16.47% | 内外株式・債券の伝統4資産が柱 |
| ハーバード(HMC) | +11.9% | PE41%・ヘッジファンド31% |
| イェール | +11.1% | オルタナ中心(配分は非開示) |
ここで決定的な注意点があります。この4者は決算期間が異なります。JSTとGPIFは2025年度=2026年3月末まで、ハーバードとイェールはFY2025=2025年6月末までの数字です。市場局面の切り取り方が違う以上、これは横並びの優劣比較ではなく、あくまで「同じ時期に公表された参考値の並置」として見てください。
その前提のうえで構図を読むと、JSTの現在の姿は、ハーバードやイェールよりもGPIFに近い伝統資産中心です。シリーズ①で見たとおり、ハーバードはPE41%・ヘッジファンド31%と非上場資産に大きく張る構造でした。JSTのオルタナ13.9%は、その方向へ動いてはいるものの、まだ移行途上の水準です。「米国エンダウメントを手本にした」という設計思想と、現在の伝統資産中心の実配分との間には、まだ距離があります。
なお、JSTの業務概況書自身も、基金規模の国際比較表を載せています。ハーバード4.5兆円・イェール3.3兆円・スタンフォード3.1兆円に対し、国内は慶應870億円・早稲田300億円・東大190億円といった数字です(海外は2019年、国内は2020年度時点でJSTが作成した値)。当ブログがシリーズ②エンダウメントの規模とリターンで用いた換算値とは年次も基準も異なるため、混用はしていません。10兆円規模のファンドが一つできたことで、日本の大学が使える基金の桁が大きく変わった、という文脈での参考値です。
支援の現状:運用体制を固める段階
ファンドの目的は、あくまで研究大学への支援です。助成を受ける「国際卓越研究大学」には、これまでに東北大学(2024年11月正式認定・2025年2月助成開始)と、2校目となる東京科学大学(2026年1月認定・2026年4月助成開始)が選ばれています。
助成決定額は累計787億円。内訳は東北大学324億円、東京科学大学124億円、博士課程学生への支援335億円、海外若手研究者向け4億円です。運用目標である「3%支出」が本格的に回り始める前に、まずは助成の枠組みと運用体制を固めていく——現在はそういう段階と位置づけられます。実績(+21.3%)が積み上がる一方で、支出のエンジンはまだ点火の初期にある、と読むのが実態に近いでしょう。
まとめ:立ち上がりつつあるが、まだ途上
エンダウメント・シリーズの最終回として、日本版の現在地を3点に整理します。
- ① 実績は立ち上がりつつある:運用開始からの4年で累積+21.3%、資産は12兆円台へ。初年度のマイナスを乗り越え、直近は+10.7%を確保した。
- ② ただし、まだ「エンダウメント型」の途上:株式・オルタナは着実に増えているが、なお債券が57%。現在の姿はハーバードやイェールよりGPIFに近い伝統資産中心で、本家との距離は残る。
- ③ 本当の試金石はこれから:実配分の目標である基本ポートフォリオは非公開かつ2031年度末まで構築途上で、運用目標も立ち上げ期には適用されない。日本版が本家にどこまで近づいたかを本当に問えるのは、ポートフォリオの構築が進み、支出目標が適用される段階に入ってからです。
「本家を手本にした」という設計思想は明確でも、実配分がそこへ届くにはまだ時間がかかります。日本版エンダウメントの評価は、単年のリターンではなく、この構築プロセスがどう進むかで定まっていく——それが現時点での正直な見立てです。
本家の運用手法の光と影はシリーズ①イェール・モデルの中身と「今も有効か」を、基金の規模とリターンの関係はシリーズ②エンダウメントの規模とリターンを、あわせてご覧ください。
出典・注記
JST大学ファンド
- JST「大学ファンド運用業務概況書(2025年度)」(2026年7月3日公表・実績/ポートフォリオ/立ち上げ期の運用目標の扱い)|PDF
- JST 大学ファンド 運用業務(過年度の業務概況書・基金規模比較表・支援対象)|掲載ページ
制度設計
- 内閣府CSTI「世界と伍する研究大学の実現に向けた大学ファンドの資金運用の基本的な考え方」(令和3年8月)(運用目標・米国エンダウメント参照・合議制の運用監視委員会)|PDF
GPIF(参考並置)
- GPIF「2025年度の運用状況」(2026年7月3日公表・+16.47%)|PDF
注記
- JST・GPIFの2025年度は2026年3月末まで、ハーバード・イェールのFY2025は2025年6月末までの数字です。決算期間・会計基準・集計方法が異なるため、リターンや資産配分の単純比較はできません。本文の比較はあくまで参考値の並置です。
- 「株65:債35」はレファレンス・ポートフォリオ(許容リスク算定用のベンチマーク)であり、実配分の最終目標ではありません。基本ポートフォリオの目標構成比は非公開です。
- 運用目標「支出目標率3%+物価上昇率」に用いた物価上昇率1.38%は令和3年8月時点の推計値です。また、この運用目標は運用の立ち上げ期には適用されません。
- ハーバード・イェールの数値はシリーズ①で用いた各校公表値に基づきます。基金規模の国際比較値はJST作成の年次・基準によるもので、当ブログ別記事の換算値とは混用していません。
- 本記事は情報提供を目的とするもので、特定の運用商品・運用手法の推奨や、運用助言ではありません。
