はじめに
少子化が本格化する時代、学校法人の財務において「自己運用収益」の重要性が高まっています。授業料収入が今後縮小していく局面では、特定資産・有価証券の運用がいかに財務の安定に貢献するかが、中長期的なガバナンスの焦点となります。
本稿では、日本大学・帝京大学・慶應義塾大学・早稲田大学・上智大学・国際基督教大学(ICU)の6法人について、資産運用の規模・資産配分・利回り・含み損益を比較・分析します。最新は2025年度(令和7年4月〜令和8年3月)決算で、前年度からの変化もあわせて示します。この記事は年度版を分けず、決算が出そろうたびに本記事を更新していきます。
2025年度は、学校法人の情報公開にとって節目の年でした。改正私立学校法(令和5年法律第21号)が2025年4月1日に施行され、あわせて改正学校法人会計基準(令和6年文部科学省令第28号)の適用も始まっています。その結果、これまで貸借対照表注記を公開していなかった帝京大学と上智学院が、有価証券の時価情報(種類別の明細表)を開示しました。とりわけ帝京大学については、前年度まで「有価証券139億円・詳細不明」としか書けなかった運用の実態が、有価証券3,808億円・含み益2,470億円という姿で初めて確認できるようになっています。
なお、対象を関東の有名私大10法人(早慶上理・MARCH・日本大学)に広げ、収支構造の主要比率と資金運用を横並びで比較した記事も公開しています。こちらもあわせてご覧ください。「【2025年度決算】関東の有名私大10法人を財務で比べてみた」
学校法人会計の基本概念については、「学校法人会計と一般企業会計の違いをわかりやすく解説」も併せてご覧ください。
留意事項
各法人の出典(計算書類・事業報告書・注記事項などのURL)は、記事末尾の「参照資料」にまとめています。
- 数値は各法人の公開資料(計算書類・事業報告書)に基づき、筆者が集計・整理したものです。解釈・分析は筆者によるものであり、各学校法人の公式見解ではありません。
- 有価証券残高・特定資産残高は、原則として2026年3月31日(2025年度期末)時点の数値です。
- 有価証券の簿価・時価は、6法人すべてを貸借対照表注記「有価証券の時価情報②明細表」で統一しています。 前年度(2024年度)版では、法人によって貸借対照表本表や事業報告書を出典としていました。したがって前年からの簿価の増減には出典の違いが混じっている場合があります。出典が前年と一致し、増減をそのまま読めるのは日本大学と早稲田大学です。
- 帝京大学は2025年度から注記事項を公開しました。前年度は非公開だったため、資産配分・含み損益は前年比較ができません。
- 上智学院の資産配分は、2024年度が事業報告書の資産クラス別(債券・株式・低流動性資産)、2025年度が注記②明細表の種類別(債券・投資信託・その他)で、定義が異なるため単純比較できません。
- 運用利回りは簿価ベース・グロス(委託費控除前)を基本としており、時価ベースの総合収益率とは異なります。両者の違いはICUの項で具体的に扱います。
- 各大学間で会計処理・開示範囲が異なる場合があり、数値を直接比較することに限界があります。
分析の視点:基本3指標+追加4観点
本稿は以下の観点で各大学を比較します。
基本3指標 ①運用対象資産の規模 ②アセットアロケーション(資産配分) ③運用利回り(運用成績)
追加4観点 ④含み益(評価益)の規模と財務バッファー ⑤第3号基本金の充実度 ⑥運用コストの効率性 ⑦ESG・責任投資への取り組み
1. 運用対象資産の規模
貸借対照表上の「有価証券」「特定資産」の残高が、実質的な運用資産規模を表します。
| 大学 | 有価証券(簿価) | 有価証券(時価) | 特定資産合計 | 第3号基本金 | 総資産 |
|---|---|---|---|---|---|
| 日本大学 | 1,159億円 | 1,044億円 | 3,103億円 | 893億円 | 7,888億円 |
| 帝京大学 | 3,808億円 | 6,278億円 | 3,682億円 | 2,700億円 | 7,000億円 |
| 慶應義塾 | 1,291億円 | 1,407億円 | 2,097億円 | 1,080億円 | 5,415億円 |
| 早稲田大学 | 1,464億円 | 1,911億円 | 588億円 | 346億円 | 4,357億円 |
| 上智学院 | 590億円 | 611億円 | 643億円 | 185億円 | 1,710億円 |
| ICU | 409億円 | 748億円 | 474億円 | 173億円 | 853億円 |
※有価証券はいずれも貸借対照表注記「有価証券の時価情報②明細表」の合計(時価のない有価証券を含む)。
※日本大学・帝京大学・慶應義塾は、貸借対照表本表の「有価証券」がごく小さく(それぞれ4.8億円・174億円・計上なし)、運用の大半が特定資産の内側で行われています。BS本表だけを見ると「運用していない」ように見える点に注意が必要です。

規模の読み方
帝京大学の姿が一年で変わりました。 2024年度は貸借対照表の「その他の固定資産」に有価証券139億円が計上されているだけで、時価情報は注記非公開でした。2025年度は注記②明細表が開示され、有価証券が3,808億円(時価6,278億円)と、今回比較した6法人で最大であることが分かりました。BS本表に載っている174億円は氷山の一角で、残りは特定資産3,682億円の内側で運用されていたわけです。数字が増えたのではなく、見えるようになったということです。
日本大学は総資産7,888億円と6法人で最大です。有価証券は1,159億円(前年1,024億円)と積み増していますが、時価は1,044億円で含み損△115億円(前年△77億円)と、金利上昇局面で評価損が拡大しました。
慶應義塾は有価証券1,291億円・第3号基本金1,080億円で、第3号基本金の絶対額は帝京に次ぐ規模です。
早稲田大学は有価証券1,464億円(時価1,911億円)と、簿価では慶應を上回ります。特定資産は588億円と小さく、運用資産の多くを貸借対照表本表の「有価証券」(804億円)として計上している点が他法人と異なります。
上智学院は有価証券590億円・特定資産643億円。2024年度末は含み損△9億円でしたが、2025年度末は含み益+21億円に転じました。
ICUは有価証券409億円と規模は6法人で最小ですが、時価は748億円と簿価の1.83倍です。長期保有による含み益の蓄積が際立っています。
2. アセットアロケーション(資産配分)
各大学のポートフォリオ構成を比較します。いずれも貸借対照表注記「有価証券の時価情報②明細表」の種類別内訳(簿価ベース)です。
| 大学 | 債券 | 株式 | 投資信託 | 金銭信託 | その他 | 時価なし |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 日本大学 | 99.6% | 0.4% | — | — | — | 0.1% |
| 帝京大学 | 23.2% | 13.4% | 35.1% | — | — | 28.2% |
| 慶應義塾 | 49.4% | 1.7% | 38.5% | — | — | 10.4% |
| 早稲田大学 | 0.1% | 0.1% | — | 98.9% | — | 0.8% |
| 上智学院 | 9.1% | — | 82.9% | — | 8.0% | 0.04% |
| ICU | — | — | 100% | — | — | 0.05% |
※早稲田大学の98.9%は投資信託ではなく、注記②明細表の科目名で「金銭等の信託」です。実質的な運用の中身は信託銀行への委託運用にあたります。
※上智学院の2025年度は注記②明細表ベース(種類別)です。2024年度に本記事で示していた「債券55%・株式25%・低流動性資産20%」は事業報告書の資産クラス別配分で、集計の定義が異なります。前年との比較には使えません。

6法人の配分は、おおまかに三つの型に分かれます。債券に寄せる型(日本大学99.6%)、投資信託を軸に分散する型(ICU100%・上智82.9%・慶應38.5%)、そして信託や市場価格のない資産に委ねる型(早稲田の金銭等の信託98.9%、帝京の時価なし有価証券28.2%)です。同じ「学校法人の資産運用」でも、リスクの取り方と外部への委ね方はここまで違います。法人ごとの中身は、記事後半の法人別セクションで一つずつ見ていきます。
3. 運用利回り(運用成績)
受取利息・配当金の比較
事業活動収支計算書の「受取利息・配当金」を運用収益の主な指標とします。この科目は下記2科目の合計です。
| 大学 | 受取利息・配当金(合計) | 第3号基本金引当特定資産運用収入 | その他の受取利息・配当金 | 前年度 |
|---|---|---|---|---|
| 日本大学 | 26.68億円 | 6.24億円 | 20.44億円 | 19.0億円 |
| 帝京大学 | 189.78億円 | 非公開 | 非公開 | 161.8億円 |
| 慶應義塾 | 107.67億円 | 23.44億円 | 84.23億円 | 104.5億円 |
| 早稲田大学 | 49.56億円 | 5.12億円 | 44.45億円 | 31.7億円 |
| 上智学院 | 29.05億円 | 4.57億円 | 24.48億円 | 16.95億円 |
| ICU | 44.82億円 | 17.40億円 | 27.42億円 | 18.1億円 |
6法人すべてで受取利息・配当金が増加しました。 特に上智(+71%)とICU(+148%)の伸びが大きく、株式市場の上昇と円安が外貨建資産のインカム収入を押し上げた年度だったことが読み取れます。

有価証券(簿価)ベースの運用利回り試算
| 大学 | グロス利回り | ネット利回り | 計算式 | 前年度 |
|---|---|---|---|---|
| 日本大学 | 2.30% | — | 26.68億円 ÷ 1,159億円 | 1.86% |
| 帝京大学 | 4.98% | — | 189.78億円 ÷ 3,808億円 | 5.9%(参考値) |
| 慶應義塾 | 8.34% | — | 107.67億円 ÷ 1,291億円 | 7.44% |
| 早稲田大学 | 3.38% | — | 49.56億円 ÷ 1,464億円 | 2.43% |
| 上智学院 | 4.92% | — | 29.05億円 ÷ 590億円 | 3.00% |
| ICU | 10.95% | 9.22% | 44.82億円 ÷ 409億円 | 4.05% |
帝京大学の利回りが、初めて他法人と同じ定義で計算できるようになりました。 前年度の5.9%は、注記が非公開で有価証券の全体像が分からなかったため、分母に「有価証券139億円+第3号基本金引当特定資産2,600億円」を使った参考値でした。2025年度は有価証券簿価3,808億円が判明したので、他法人と同じ「受取利息・配当金 ÷ 有価証券簿価合計」で4.98%と算出できます。数値が下がったように見えますが、定義が変わっただけで、運用成績が悪化したわけではありません。
ICUのネット利回りは、基金運用委託費7.10億円を控除した実質収益(37.72億円)で計算しています。

第3号基本金ベースの利回り
より継続的な収益力を示す指標として、第3号基本金引当特定資産運用収入のみで利回りを試算すると、次のようになります。
| 大学 | 第3号基本金引当特定資産(期末残高) | 第3号基本金引当特定資産運用収入 | 利回り |
|---|---|---|---|
| 日本大学 | 893億円 | 6.24億円 | 0.70% |
| 帝京大学 | 2,700億円 | 非公開 | — |
| 慶應義塾 | 1,080億円 | 23.44億円 | 2.17% |
| 早稲田大学 | 346億円 | 5.12億円 | 1.48% |
| 上智学院 | 185億円 | 4.57億円 | 2.47% |
| ICU | 173億円 | 17.40億円 | 10.04% |
恒久財源(第3号基本金)ベースの利回りでは、内訳が公開されている5法人の中でICUが突出しています。日本大学の0.70%は、債券中心の運用に加え、第3号基本金引当特定資産の規模(893億円)に対して運用収入が小さいことを示しています。
インカム利回りと総合収益率の違い
ここまでの利回りはすべて「受取利息・配当金 ÷ 簿価」、つまりインカム(利金・配当)だけを見た数字です。値上がり益(キャピタルゲイン)は含みません。
この違いが最もはっきり出るのがICUです。ICUが公表している「2025年度引当資産の運用実績と今後の方針」によると、基金の2025年度収益率は信託帳票ベースで+18.6%、期ずれ調整後で+18.9%でした。インフレ率1.5%を控除した実質収益率は17.1%で、目標の4%を大きく上回っています。過去10年の年率収益率は名目8.5%・実質7.1%と開示されています。
本記事のインカム利回り(10.95%)と、ICU自身が開示する総合収益率(18.6%)の差が、含み損益の増減部分にあたります。学校法人の運用力を評価するには、事業活動収支計算書に載るインカムだけでは足りないということを、この差は端的に示しています。
特別収支:有価証券の売却・処分差額
教育活動外収入の「受取利息・配当金」に加え、特別収支にも資産運用に関連する科目が計上されることがあります。確認できた2025年度の数値は以下のとおりです。
| 大学 | 有価証券売却差額 | 有価証券処分差額 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 日本大学 | — | — | 有価証券の個別開示なし |
| 帝京大学 | 18.19億円(注) | 8.42億円(注) | 資産売却差額・資産処分差額(有価証券か否か不明) |
| 慶應義塾 | — | — | 資産売却差額4.1億円は動産・不動産分 |
| 早稲田大学 | 0.09億円 | 0.08億円 | ほぼゼロ |
| 上智学院 | 2.47億円 | 1.47億円 | 差引ネットで約1.0億円の実現益 |
| ICU | — | — | 資産売却差額の計上なし |
※帝京大学の資産売却差額・資産処分差額は科目名が「資産売却差額」「資産処分差額」であり、有価証券の売買に限らず不動産等も含む可能性があります。
運用収益の全体像を把握するには、①受取利息・配当金(インカムゲイン)と②有価証券売却差額等(キャピタルゲイン)の両方を合算し、さらに③含み損益の増減まで見る必要があります。
4. 含み益の規模と財務バッファー
有価証券の含み益(時価と簿価の差額)は、将来の財務的ショックへのバッファーであり、長期運用の成果指標でもあります。
| 大学 | 有価証券(簿価) | 有価証券(時価) | 含み損益 | 含み益率 | 前年度の含み損益 |
|---|---|---|---|---|---|
| 日本大学 | 1,159億円 | 1,044億円 | △115億円(含み損) | △9.9% | △77億円 |
| 帝京大学 | 3,808億円 | 6,278億円 | +2,470億円 | +64.9% | 不明(注記非公開) |
| 慶應義塾 | 1,291億円 | 1,407億円 | +116億円 | +9.0% | +72億円 |
| 早稲田大学 | 1,464億円 | 1,911億円 | +447億円 | +30.5% | +314億円 |
| 上智学院 | 590億円 | 611億円 | +21億円 | +3.6% | △9億円 |
| ICU | 409億円 | 748億円 | +339億円 | +82.9% | +247億円 |
帝京大学の含み益2,470億円が意味するもの
2025年度に初めて開示された注記②明細表によると、帝京大学の含み益は2,470億円です。内訳を見ると、株式512億円が時価2,041億円と約4倍になっており、含み益1,529億円がここから生じています。投資信託1,336億円も時価2,277億円で+941億円。債券884億円はほぼ簿価と同額です。
つまり帝京大学は、長期保有した株式の値上がりが財務の厚みの相当部分を作っている法人です。総資産7,000億円に対して含み益2,470億円は、貸借対照表に表れない財務バッファーが総資産の35%相当あるということでもあります。日本の学校法人会計は有価証券を原価法で評価するため、この2,470億円は財務諸表のどこにも資産として計上されません。
ICUの含み益82.9%
ICUは投資信託409億円(簿価)に対して時価が748億円と、82.9%の含み益を計上しています。前年度の55.2%から一段と拡大しました。ICU自身が開示する基金全体(現金等を含む)では簿価474億円・時価813億円・評価損益339億円(2026年3月末)とされており、注記②の数値と整合しています。
帳簿上は409億円の資産だが、実質的には748億円規模のポートフォリオを運用している——この乖離をどう読むかが、学校法人の財務分析では重要になります。
日本大学の含み損拡大
日本大学の含み損は△77億円から△115億円へ拡大しました。債券99.6%という構成上、金利上昇局面では避けにくい動きです。ほぼ満期保有目的とみられるため、満期まで持てば額面が戻る性質のものですが、その間の資金が低い利回りに固定されるという意味では実質的なコストです。
5. 第3号基本金の充実度
第3号基本金は、その運用益で奨学金・研究費等の事業を支えるために設定される基金です。積み立てたお金そのものではなく、果実が教育研究活動を支える点が要点です。
| 大学 | 総資産 | 第3号基本金 | 第3号/総資産比率 |
|---|---|---|---|
| 日本大学 | 7,888億円 | 893億円 | 11.3% |
| 帝京大学 | 7,000億円 | 2,700億円 | 38.6% |
| 慶應義塾 | 5,415億円 | 1,080億円 | 20.0% |
| 早稲田大学 | 4,357億円 | 346億円 | 7.9% |
| 上智学院 | 1,710億円 | 185億円 | 10.8% |
| ICU | 853億円 | 173億円 | 20.3% |

帝京大学の38.6%が突出
帝京大学の第3号基本金は2024年度末の2,600億円から2025年度末は2,700億円へ100億円積み増され、総資産比38.6%を維持しています。この水準は6法人で際立っています。
財務規模が6倍以上異なる慶應とICUですが、総資産に占める第3号基本金の比率はほぼ同水準(約20%)です。規模対比で同等の恒久財源比率を維持している点は、ICUの財務ガバナンスの特質といえます。
一方、早稲田(7.9%)と上智(10.8%)は比率としては低い水準です。ただし早稲田は絶対額(346億円)が上智・ICUを上回っています。
日本大学は11.3%ですが、繰越収支差額の累積赤字を抱えており、資金運用よりも財務再建が優先課題という構図は変わっていません。
6. 運用コストの効率性
運用コスト(外部委託費)の開示状況は法人によって異なりますが、ICUは「基金運用委託費」として事業活動収支計算書に明示しています。
| 指標 | ICU(2025年度) | 前年度 |
|---|---|---|
| 受取利息・配当金(グロス) | 44.82億円 | 18.1億円 |
| 基金運用委託費 | 7.10億円(グロスの15.8%) | 3.1億円(17.1%) |
| 受取利息・配当金(ネット) | 37.72億円 | 15.0億円 |
| ネット運用利回り | 9.22% | 3.36% |
グロスの15.8%を運用委託費として支出しているのは一見高く見えますが、ICUが100%投資信託(外部委託)で運用しており、インハウス運用組織・人件費等が不要であることを踏まえると、コスト構造全体では合理的と考えられます。
ICUはさらに、外部コンサルタント(野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティング)による基金運用評価を毎年公開しています。運用の意思決定はCIOが起案し、運用コンサルタントの助言を参考に財務担当常務理事が承認する体制で、運用状況は原則として毎月開催される理事会に時価・収益率とともに報告されています。第三者評価まで公開している法人は、今回の6法人ではICUのみです。
学校法人の資金運用においては、グロス利回りではなくネット利回り(委託費控除後)で比較することが重要です。日本大学・帝京大学・慶應・早稲田・上智については、委託運用と自家運用(内部の教職員による運用)のどちらかが開示されていません。自家運用であれば委託手数料はかかりませんが、資金運用に従事する教職員人件費がコストとなります。
7. ESG・責任投資への取り組み
| 大学 | PRIへの署名 | 主な取り組み |
|---|---|---|
| 日本大学 | — | — |
| 帝京大学 | — | — |
| 慶應義塾 | — | — |
| 早稲田大学 | — | アセットオーナー・プリンシプル受入(2024年) |
| 上智学院 | ◎(2015年、国内大学初) | アセットオーナー・プリンシプル受入(2024年)、PRI年次評価で全項目最高評価(2023年)、TCFDへの賛同 |
| ICU | — | 外部コンサルタントによる基金運用評価を毎年公開 |
※上智学院のESG投資残高223億円(全体の38%)は2024年度事業報告書の開示値です。
上智学院は、ESG・責任投資において日本の大学・学校法人の中で最も先進的な取り組みを行っています。2015年のPRI署名(国内大学初)以来、イエズス会の建学理念「他者のために、他者とともに」を資産運用においても体現する「ミッション・ドリブン投資」を実践しています。
具体的には、グリーンボンド・ソーシャルボンド(円ベース債券)、洋上風力・再エネインフラ(低流動性資産)、ESG株式指数(外国株)など、社会的インパクトと財務リターンの両立を投資戦略の中核に据えています。
日本大学・帝京大学・慶應義塾・早稲田大学については、ESG投資に関する公開情報が限られており、今後の情報開示の充実が期待されます。
日本大学の資産運用
有価証券 1,159億円(時価1,044億円・含み損△115億円) 配分 債券99.6%・株式0.4% 受取利息・配当金 26.68億円 利回り 2.30%(第3号ベース0.70%)
有価証券1,159億円のうち債券が1,154億円(99.6%)、株式が4.2億円(0.4%)で、投資信託・金銭信託はゼロです。この構成は前年度と変わっていません。ほぼ満期保有目的の公共債とみられ、金利上昇局面では時価が下がるため、含み損は△77億円から△115億円へ拡大しました。満期まで保有すれば額面が戻る性質の資産なので、この含み損がただちに損失として実現するわけではありませんが、機会損失という意味での重さはあります。
受取利息・配当金は26.68億円(うち第3号基本金引当特定資産運用収入6.24億円・その他20.44億円)。有価証券簿価ベースの利回りは2.30%、第3号基本金ベースでは0.70%で、いずれも6法人で最低水準です。総資産7,888億円と規模は最大ですが、繰越収支差額の累積赤字を抱えており、資金運用よりも財務再建が優先課題という構図は変わっていません。
なお、貸借対照表本表に計上されている有価証券は4.8億円しかありません。運用の実態は注記②明細表を開かないと分からない法人です。
帝京大学の資産運用
有価証券 3,808億円(時価6,278億円・含み益2,470億円) 配分 債券23.2%・株式13.4%・投資信託35.1%・時価なし28.2% 受取利息・配当金 189.78億円 利回り 4.98%
2025年度から注記事項を公開しました。 前年度は貸借対照表の「その他の固定資産」に有価証券139億円が計上されているだけで、時価情報も資産配分も分かりませんでした。注記②明細表の開示により、有価証券3,808億円・時価6,278億円・含み益2,470億円という運用実態が初めて確認できるようになっています。
内訳は債券884億円(23.2%)・株式512億円(13.4%)・投資信託1,336億円(35.1%)・時価のない有価証券1,076億円(28.2%)。株式比率13.4%は6法人で最も高く、他法人(日大0.4%・慶應1.7%・早稲田0.1%・上智0%・ICU0%)と桁が違います。その株式512億円が時価2,041億円と約4倍になっており、含み益2,470億円の6割強にあたる1,529億円がここから生じています。「時価のない有価証券」が28.2%と大きいのも特徴で、市場価格の付かない資産に1,076億円を配分しています。
受取利息・配当金189.78億円は6法人で最大(慶應の107.67億円を大きく上回る)。第3号基本金は2,700億円・総資産比38.6%で、前年度から100億円積み増しました。一方、受取利息・配当金の内訳(第3号運用収入とその他の別)は引き続き非公開です。
慶應義塾の資産運用
有価証券 1,291億円(時価1,407億円・含み益116億円) 配分 債券49.4%・投資信託38.5%・株式1.7%・時価なし10.4% 受取利息・配当金 107.67億円 利回り 8.34%(第3号ベース2.17%)
有価証券1,291億円の内訳は債券637億円(49.4%)・投資信託497億円(38.5%)・株式22億円(1.7%)・時価のない有価証券134億円(10.4%)です。公社債の利金と株式配当型投信の分配金を組み合わせ、元本を安定的に保全しながらリターンを上乗せする、固定収益中心の構成といえます。
第3号基本金1,080億円は帝京に次ぐ絶対額で、総資産比では20.0%。含み益は前年度の+72億円から+116億円(含み益率9.0%)へ拡大しました。グロス利回り8.34%は帝京・ICUに次ぐ水準ですが、第3号基本金ベースで見た継続的な収益力は2.17%です。
早稲田大学の資産運用
有価証券 1,464億円(時価1,911億円・含み益447億円) 配分 金銭等の信託98.9% 受取利息・配当金 49.56億円 利回り 3.38%(第3号ベース1.48%)
有価証券1,464億円のうち1,449億円(98.9%)が、注記②明細表でいう「金銭等の信託」です。信託銀行に運用を委託し、その内側でどう配分しているかは注記からは読み取れません。運用の中身が信託の内側に隠れるため、外部から資産配分を評価しにくい構造になっています。
受取利息・配当金は49.56億円で、前年度31.7億円から56%増えました。含み益も314億円から447億円へ拡大しています。第3号基本金346億円・総資産比7.9%は6法人で最も低い比率ですが、絶対額では上智・ICUを上回ります。なお早稲田は、運用資産の多くを貸借対照表本表の「有価証券」(804億円)として計上しており、特定資産の内側で運用する他法人とは開示の形が異なります。
上智学院の資産運用
有価証券 590億円(時価611億円・含み益21億円) 配分 投資信託82.9%・債券9.1%・その他8.0% 受取利息・配当金 29.05億円 利回り 4.92%(第3号ベース2.47%)
2025年度から注記②明細表で種類別が開示されました。 投資信託489億円(82.9%)・債券54億円(9.1%)・その他47億円(8.0%)という構成です。PRI署名法人としてESG統合型のポートフォリオを組み、プライベートアセットへの分散も進めています。
受取利息・配当金は29.05億円(前年度16.95億円から71%増)で、これに有価証券売却差額2.47億円が加わります。2024年度末の含み損△9億円から、2025年度末は含み益+21億円へ転じました。第3号基本金ベースの利回りは2.47%で、内訳を公開している5法人の中ではICUに次ぐ水準です(慶應2.17%・早稲田1.48%・日大0.70%)。
ICU(国際基督教大学)の資産運用
有価証券 409億円(時価748億円・含み益339億円) 配分 投資信託100% 受取利息・配当金 44.82億円 利回り グロス10.95%・ネット9.22%(第3号ベース10.04%) 総合収益率 +18.6%
保有する有価証券409億円の全額が投資信託です。資産配分から銘柄選択まで運用判断を外部に委ねる「インハウス運用ゼロ」の体制で、この方針は前年度から変わっていません。規模は6法人で最小ですが、含み益率82.9%(339億円)が際立ちます。
受取利息・配当金は44.82億円で、前年度18.1億円から148%増。グロス利回り10.95%・ネット利回り9.22%、第3号基本金ベースでも10.04%と、いずれも6法人で最高です。
さらにICUは、基金全体の総合収益率+18.6%(期ずれ調整後+18.9%)・実質収益率17.1%を自ら開示しています。過去10年の年率は名目8.5%・実質7.1%。運用担当理事とCIOを置き、外部コンサルタントによる第三者評価を毎年公開し、理事会へ月次で時価・収益率を報告する体制まで明示しており、開示とガバナンスの水準では6法人で最も進んでいます。
6法人に共通する示唆
情報開示の格差は縮まりつつある
2025年度は帝京大学と上智学院が注記②明細表を開示し、6法人すべてで有価証券の種類別・時価情報が揃いました。改正私立学校法(2025年4月施行)と改正学校法人会計基準の適用が背景にあると考えられます。一方で、帝京大学の受取利息・配当金の内訳など、なお非公開の部分は残っています。
貸借対照表本表だけでは運用を評価できない
日本大学(本表4.8億円/注記1,159億円)、帝京大学(174億円/3,808億円)、慶應義塾(本表に計上なし/1,291億円)のように、運用の大半が特定資産の内側にあり、本表を見ただけでは「運用していない」ように見える法人が複数あります。
簿価と時価の乖離、インカムと総合収益率
日本の原価法会計では、含み益の大きい法人(帝京+2,470億円・早稲田+447億円・ICU+339億円)は財務指標が実態より保守的に見え、逆に日本大学のような債券集中型は含み損を抱えます。さらに、事業活動収支計算書に載る「受取利息・配当金」はインカムだけの数字です。ICUのインカム利回り10.95%に対し、同法人が開示する総合収益率は18.6%でした。含み損益の増減まで含めなければ、運用力は測れません。
ネット利回りと第3号基本金の厚み
運用コストを控除した実質利回りを開示・比較できるのは、今回の6法人ではICUのみです。委託費控除後の利回り開示は、今後の学校法人ガバナンスの課題といえます。また、授業料依存から脱却して長期的に安定した財務を維持するには、第3号基本金の計画的な組入れと適切な運用が欠かせません。帝京大学の38.6%は際立っており、2025年度の開示によって、その運用実態も裏付けられる形になりました。
学校法人の資産運用を外から評価するときは、①貸借対照表本表ではなく注記②明細表を見る ②簿価だけでなく時価との差(含み損益)を見る ③インカム利回りだけでなく総合収益率を探す。この三つを押さえれば、開示の差を越えて比較できます。
事業活動収支ベースで3大学を比較した実例は、「大学職員がClaude Codeで3大学の決算書を分析した話」でまとめています。
参照資料
- 学校法人日本大学「2025年度(令和7年度)計算書類・事業報告書」(財務情報)
- 学校法人帝京「2025年度計算書類」(財務情報)/貸借対照表・事業活動収支計算書・注記事項(いずれもPDF)
- 学校法人慶應義塾「2025年度計算書類・事業報告書」(慶應義塾について/データ)
- 学校法人早稲田大学「2025年度計算書類」(財務諸表)
- 学校法人上智学院「2025年度事業報告書・財務状況」(情報公開)
- 学校法人上智学院「上智学院の資産運用(ESG)」
- 学校法人国際基督教大学「2025年度計算関係書類及び財産目録」(PDF)
- 学校法人国際基督教大学「2025年度引当資産の運用実績と今後の方針」(PDF・2026年7月8日公表)
- 学校法人国際基督教大学「2025年度外部コンサルタントによる基金運用評価」(PDF)
本記事の6法人のうち日大・慶應・早稲田・上智を含む関東10法人については、収支構造の主要比率まで含めた比較を公開しています。

