決算書類を作り終えたあと、監事監査や会計監査人監査で「注記の記載が一つ抜けている」「計算書類の間で数字が合っていない」と指摘される――経理・財務の担当者なら一度は経験があるのではないでしょうか。こうした形式面のミスは、内容そのものは正しくても、提出前のチェックで拾えるはずのものです。本記事では、学校法人の経理部・財務部向けに、生成AI(ChatGPT・Claude・Gemini など)を「二人目の目」として計算書類のセルフチェックに使う方法を、実務で使えるプロンプト例とともに整理します。
結論の早見表
生成AIが得意なのは、決められたルールと照らし合わせて「抜け・ズレの候補」を機械的に挙げる作業です。判断そのものは人が担います。
| チェック対象 | AIにやらせること | 人が確定させること |
|---|---|---|
| 注記の記載漏れ | 注記項目リストと自法人の注記案を突き合わせ、記載の有無を一覧化 | 該当・非該当の最終判断、記載内容の妥当性 |
| 様式間・計算書内の整合 | あらかじめ決めた対応関係どおりに数字が一致するかの検算 | 不一致の原因調査、正しい数字の特定 |
| セグメント区分の考え方 | 区分の設定根拠や配分基準の説明の穴を質問で洗い出す | 区分の決定、配分基準の採用 |
| 日本公認会計士協会のチェックリストへの回答転記 | 各項目のYes/No候補と根拠箇所の下書き | 最終的なYes/Noの確定、No・要確認項目の修正 |
使い始める前に決めておく3つの前提
便利さの前に、学校法人が生成AIを実務で使うときに必ず整理しておきたい点が3つあります。ここを曖昧にしたまま使うと、かえってリスクになります。
1. 決算数値を外部のAIに入力してよいか(情報管理)
計算書類の数字は、公表前の段階では法人の内部情報です。外部のクラウド型AIに入力する場合、入力データがサービス提供者の学習に使われないか、保存・管理の条件はどうか、といった利用規約・契約条件の確認が欠かせません。所属法人の情報セキュリティ方針や情報システム部門のルールに従ってください。数値そのものを入れず、「AとBが一致すべきなのに合わない」といった構造やロジックだけを相談する、公表後の確定値に限って使う、といった運用でリスクを下げる方法もあります。
2. 条文・様式の知識をうのみにしない(ハルシネーション)
生成AIは、もっともらしい誤りを自信ありげに答えることがあります。「第○条にこう書いてある」という条文の引用や、様式の項目名をAIが述べた場合、それを根拠として採用してはいけません。条文は必ずe-Govの現行法令で、様式は所轄庁の様式・通知で一次確認します。AIに任せてよいのは「自分が渡したルールと、自分が渡したデータの突き合わせ」であって、「ルールそのものをAIに教えてもらう」使い方ではありません。
3. AIは「候補出し」まで、確定は人が行う
AIが「記載漏れの可能性」を挙げても、それが本当に漏れなのかは人が判断します。監査対応や所轄庁への提出という最終責任は、当然ながら法人・担当者にあります。AIはチェックの網を広げる道具であって、承認者ではありません。
注記の記載漏れを洗い出す
新しい学校法人会計基準では、計算書類に記載すべき注記が第40条に定められています。項目数が多く、該当する法人・しない法人が項目ごとに分かれるため、「そもそも書き忘れている項目がないか」の確認は人力だと漏れやすいところです。
ここでのAIの使い方は単純です。注記項目のリストと、自法人が作成した注記のドラフトの両方をAIに渡し、「リストの各項目について、ドラフトに記載があるかないかを表にして」と指示します。判断ではなく、有無の照合だけをさせるのがポイントです。
次の【注記項目リスト】の各項目について、【当法人の注記ドラフト】に
対応する記載があるかを確認し、「項目/記載あり・なし/根拠となる記述」
の3列の表にまとめてください。判断は不要で、記載の有無だけを機械的に
照合してください。該当しない項目には「要確認」と記してください。
【注記項目リスト】
(第40条の各項目を貼り付け)
【当法人の注記ドラフト】
(作成した注記の本文を貼り付け)
出てきた表を見て、「なし」「要確認」の行だけを人が確認すれば、全項目を一から目で追うより早く漏れの候補にたどり着けます。第40条の注記項目そのものは計算書類の注記事項チェックリストで整理していますので、リストの中身はそちらを合わせてご覧ください。
様式間・計算書内の数字の整合を検算する
計算書類は、貸借対照表・事業活動収支計算書・資金収支計算書などが互いに関連しています。同じ数字が別の書類にも現れたり、ある数字が別の数字から計算で導けたりするため、転記ミスや組替えミスがあると整合が崩れます。
ここでの勘所は、整合ルールを人が定義し、その検算だけをAIにさせることです。どの数字とどの数字が一致すべきかは、AIに考えさせるのではなく、担当者が実務知識に基づいて指定します。たとえば計算構造として必ず成り立つ、次のような対応関係が検算の出発点になります。
| 確認する対応関係(計算構造上のもの) | 内容 |
|---|---|
| 基本金組入前当年度収支差額 − 基本金組入額 = 当年度収支差額 | 事業活動収支計算書内の定義 |
| 前年度繰越収支差額 + 当年度収支差額 + 基本金取崩額 = 翌年度繰越収支差額 | 繰越収支差額の計算 |
| 前年度末の基本金 + 当年度の基本金組入額 − 当年度の基本金取崩額 = 当年度末の基本金 | 貸借対照表の基本金残高の動き |
次の【整合ルール】に従って、【当法人の数値】が各ルールを満たしているか
検算してください。各ルールについて「左辺の値/右辺の値/一致・不一致」を
表にし、不一致があればその行を明示してください。あなたの側でルールを
追加・変更しないでください。
【整合ルール】
(上の対応関係など、自法人で定めた検算式を貼り付け)
【当法人の数値】
(各計算書から該当する金額を貼り付け)
不一致が出た行だけを人が調べれば、電卓での突き合わせより速く、かつ抜けなく検算できます。計算書類そのものの並び順やとじ込みの決まりは改正私立学校法・学校法人会計基準における計算書類のとじ込み順序で解説しています。
日本公認会計士協会の公式チェックリストに「回答」を転記させる
ここまでの2つは、照合リストや整合ルールを自法人で用意する前提でした。実は2026年3月に、日本公認会計士協会(JICPA)がこの用途にそのまま使える公式ツールを公表しています。非営利法人委員会研究報告第46号「学校法人の計算関係書類等のチェックリスト」です。Excel形式で4冊に分かれています。
| 冊子 | 中身 |
|---|---|
| Ⅰ 総括のためのチェックリスト | 監査済み書類との照合など総括数項目 |
| Ⅱ 計算関係書類等の様式等のチェックリスト | 本表・注記・附属明細書・内訳表・財産目録の様式適合を確認する約400項目(Yes/No回答式) |
| Ⅲ 科目別のチェックリスト | 引当金等、科目別の処理の確認 |
| Ⅳ 計算書類の関連チェックリスト | 計算書類の間で対応すべき科目の一覧(前述の「整合ルール」の公式版としてそのまま使えます) |
本来は監査人向けのツールですが、本文(前書)で「公認会計士等及び計算関係書類等の作成者」が利用者と明記されており、法人側のセルフチェックにも使える建て付けです(利用上の留意点と免責があるので、必ず原文を確認してください)。
使い方は「注記の記載漏れ」と同じ発想の拡張です。チェックリストの項目と、自法人の計算書類(テキスト化したもの)をAIに渡し、各項目への回答候補を「転記」させます。約400項目を目視で潰すのに比べて、「No・要確認」の候補に一気に絞り込めるのが利点です。
次の【チェックリスト項目】の各項目について、【当法人の計算書類】と
突き合わせ、「項目番号/チェック内容の要約/回答候補(Yes・No・該当なし・
要確認)/根拠(書類名と該当箇所の引用)」の4列の表にしてください。ルール:
- 根拠を計算書類の原文から引用できない項目は Yes にせず「要確認」とする
- あなたの知識で様式や基準を補完しない(渡した資料の範囲だけで照合する)
- 迷った項目は「要確認」とし、迷った理由を1行添える
【チェックリスト項目】
(研究報告46号のⅡから、対象書類のシートを貼り付け)
【当法人の計算書類】
(対象の計算書類をテキスト化して貼り付け)
運用上のコツが2つあります。
- 書類単位に分割して渡すこと。Ⅱは本表・注記・附属明細書・内訳表・財産目録のシート構成なので、「貸借対照表のシート×貸借対照表」のように1書類ずつ回すと精度が安定します。約400項目と計算書類全文を一度に渡すのは、長い文脈の処理に強いモデルでも間違いが混ざりやすくなります
- モデルの実力差が出る作業だと知っておくこと。この手の大量照合は、使うAIのモデルによって精度がはっきり違います。性能の低いモデルは根拠を確かめずに「Yes」を埋めていく傾向があるため、上のプロンプトのように「根拠を引用できなければYesにしない」を明示し、重要な書類は同じ指示を2回走らせて回答が揺れた項目を要確認に回す、といった保険をかけてください
セグメント情報の区分の考え方を壁打ちする
令和7年度決算から適用されるセグメント情報の注記は、決まった正解がなく、区分の設定や配分基準を法人が判断する部分が多い注記です。だからこそ、決めた考え方に説明の穴がないかをAIに質問役として点検させると有効です。
具体的には、自法人が設定したセグメント区分と、共通経費の配分基準の説明文をAIに渡し、「この区分の設定根拠で説明として弱いところ、配分基準の一貫性が疑われるところを、質問の形で挙げて」と指示します。AIに区分を決めさせるのではなく、人が決めた区分の説明を鍛えるための壁打ち相手として使うわけです。セグメント注記の区分・配分の考え方はセグメント情報の注記の書き方で扱っています。
実務への組み込み方
生成AIによるセルフチェックは、監査や提出の前工程に置くと効果的です。人が作成 → AIで漏れ・ズレの候補出し → 候補を人が確認・修正 → 監事監査・会計監査人監査、という順にすると、監査で形式面の指摘を受ける前に自分たちで拾えます。
大切なのは、AIに渡す「注記項目リスト」や「整合ルール」を法人の資産として毎年更新していくことです。一度きちんと作れば、翌年度以降は同じルールで機械的にチェックでき、担当者が代わっても品質が落ちにくくなります。AIの使い方そのものに関心がある方は、大学職員がClaude Codeを使って感じた「今はまだ早い、でも避けられない」という確信や、大学職員がClaude Codeで3大学の決算書を分析した話も合わせてご覧ください。
まとめ
- 生成AIは、計算書類の「注記の記載漏れ」「様式間・計算書内の数字の整合」を洗い出すセルフチェックに使えます。
- 照合の台帳には、JICPAの研究報告46号チェックリスト(約400項目・作成者も利用者に含む)がそのまま使えます。書類単位に分割して渡し、根拠を引用できない項目はYesにさせないのがコツです。
- 使い方の原則は、ルールとデータは人が渡し、突き合わせだけをAIにさせること。条文や様式をAIに教わる使い方は避けます。
- 決算数値の入力は情報管理のルールを確認したうえで。数値を伏せてロジックだけ相談する運用も有効です。
- AIが出すのは「漏れ・ズレの候補」まで。確定と最終責任は人が持ちます。
形式面のチェックをAIに任せられるようになると、担当者は数字の中身の検討により時間を割けます。まずは注記の記載漏れチェックのような、判断を伴わない照合作業から試してみるのがおすすめです。



