私立大学の「経営状況」は、入試の偏差値や知名度とは別の角度から見ることができます。各学校法人が毎年公開している決算書(計算書類)と事業報告書には、その大学が1年間でどれだけの収入を得て、何にお金を使い、どれだけ資産を蓄えているかが数字で示されています。
この記事では、関東の有名私立大学10校(早稲田・慶應・上智・東京理科・明治・青山学院・立教・中央・法政・日本大学)の2024年度(令和6年度)決算を、同じものさしで横並びに比較します。数字はすべて各校が公開している決算書・事業報告書から取得し、日本私立学校振興・共済事業団(以下、私学事業団)が用いる標準的な算式で揃えました。翌年度(2025年度)の同じ比較もあわせてご覧いただくと、各校の1年間の動きが見えてきます。
この記事は要点をまとめた記事です。全10校の詳細データ・各比率の分子分母・抽出プロセスは別途noteで公開しています(記事末尾にリンク)。
結論:10校の「稼ぐ力」と「運用力」は二極化している
先に大づかみの結論です。
- 収支のバランスは、当年度の大型投資や補助金の動向で各校バラつきが大きい。法政・青山が高収益、日本大学が低収益という結果に。
- 資金運用の規模・果実は、慶應義塾が頭ひとつ抜けている(受取利息・配当金104.5億円)。一方、規模最大の日本大学は運用は保守的。
- 慶應は収支構造そのものが他校と異なる。病院や受託研究で事業が多角化しており、学生納付金への依存度が極端に低い。
以下、「①収支構造(稼ぎ方・使い方)」と「②資金運用(資産の活かし方)」の2つの切り口で見ていきます。
① 収支構造で見る10校 ―― 事業活動収支計算書関係比率
学校法人会計では、収益性やコスト構造を「事業活動収支計算書関係比率」という指標群で表します。ここでは代表的な6つを取り上げます。各比率の算式は、私学事業団が公表する財務比率一覧(PDF)に準拠しています。






事業活動収支差額比率(収益性)
事業活動収支差額比率=基本金組入前当年度収支差額 ÷ 事業活動収入
基本金組入前の収支差額が事業活動収入に占める割合で、プラスが大きいほど当年度の収支に余裕があることを示します。
| 高い順 | 比率 |
|---|---|
| 青山学院 | 12.3% |
| 法政 | 11.9% |
| 明治 | 8.7% |
| 中央/上智 | 7.4% |
| 東京理科 | 7.1% |
| 立教 | 6.1% |
| 早稲田 | 5.2% |
| 慶應 | 4.8% |
| 日本大学 | 1.9% |
青山学院・法政が10%超で高収益、日本大学が1.9%と最も低い結果でした。ただしこの比率は当年度の補助金や寄付の計上、施設整備の進み具合に左右されるため、単年度の高低だけで経営の優劣を断じることはできません。経年で見ることが大切です。
人件費比率 ―― コスト構造の要
人件費比率=人件費 ÷ 経常収入
経常収入に対する人件費の割合です。学校法人は労働集約的なので、おおむね50%前後が一つの目安とされます。
- 高め:明治53.2%、上智52.0%、中央50.3%、立教49.4%
- 低め:慶應41.4%、東京理科40.8%、早稲田45.3%
慶應・東京理科が40%前後と低めですが、これは人件費を抑えているというより、後述のとおり人件費以外の支出(医療・研究経費)の割合が大きいことの裏返しです。
慶應義塾の「異色さ」が数字に出る
10校を並べると、慶應だけが明確に異なる収支構造を持っていることが分かります。
- 学生生徒等納付金比率:29.3%(10校で断トツの最小。次に低い日大でも57.6%)
- 教育研究経費比率:52.1%(10校で最大)
学生生徒等納付金比率=学生生徒等納付金 ÷ 経常収入 教育研究経費比率=教育研究経費 ÷ 経常収入
慶應は病院(慶應病院など)や受託研究といった事業が大きいため、収入に占める学生納付金(授業料等)の割合が3割を切っています。一般的な私大が「授業料で成り立つ」のに対し、慶應は事業多角化が進んだ法人だと数字が物語っています。教育研究経費が突出して高いのも、医療・研究関連の経費が含まれるためです。
基本金組入後収支比率 ―― 投資の年は100%を超える
基本金組入後収支比率=事業活動支出 ÷(事業活動収入 − 基本金組入額)
事業活動支出を「事業活動収入−基本金組入額」で割った比率で、100%を超えると当年度は基本金組入を含めて収支がマイナスだったことを意味します。校舎建設など大型投資の年は高くなります。
- 100%超(当年度に大型の基本金組入):明治121.7%/立教115.1/東京理科114.3/中央104.8
- 100%前後:慶應100.1/早稲田99.5/上智99.6
- 100%未満:青山97.5/法政89.3/日大98.3
明治は2024年度に御茶ノ水の「山の上ホテル」の土地・建物を取得するなど大型投資を行っており(明治大学2024年度事業報告書)、組入後比率が突出しました。この比率が高い=経営が悪い、ではありません。将来に向けた資産形成(建物・基金への積み立て)を当年度に積極的に行ったことを示します。
② 資金運用で見る10校 ―― 有価証券と受取利息
私立大学は授業料収入だけでなく、蓄えた資産(特定資産・有価証券)を運用して得る収益も重要な財源です。とくに将来の校舎建替えや奨学金の原資となる「第3号基本金引当特定資産」をどれだけ持ち、どう運用しているかは、その法人の財務体力を映します。





受取利息・配当金は慶應が断トツ
| 順位 | 受取利息・配当金 |
|---|---|
| 慶應 | 104.5億円 |
| 早稲田 | 31.7億円 |
| 日大 | 19.0億円 |
| 上智 | 16.95億円 |
| 東京理科 | 16.93億円 |
| 青山 | 8.6億円 |
| 法政 | 8.4億円 |
| 明治 | 8.0億円 |
| 中央 | 6.8億円 |
| 立教 | 5.7億円 |
慶應の104.5億円は2位早稲田の3倍以上。運用利回り(有価証券簿価ベース)でも7.44%と高く、積極的かつ規模の大きい運用を行っていることが分かります。
第3号基本金の充実度(総資産比)
将来の事業継続のために積み立てる第3号基本金が、総資産に占める割合です。10校平均は9.7%でした。
- 高い:慶應19.0%、青山14.8%、東京理科13.8%、日大11.3%
- 低い:立教2.5%、中央5.2%、明治6.0%
運用スタイルは校ごとに個性がある
保有有価証券の中身(アセットアロケーション)にも各校の方針が表れます。
- 早稲田:金銭信託(金銭等の信託)が99%
- 慶應:債券59%・投資信託37%とバランス型
- 中央・日本大学:債券中心
- 青山学院:その他として開示される「金銭信託」がほぼ100%
- 法政・東京理科:「その他(外国債券・オルタナティブ資産等)」の比率が大きい
- 明治:貸借対照表本表に有価証券の計上はないが、特定資産(747億円)の中で約694億円を債券中心に運用(受取利息は預金分を含むため利回りは1.1%と低め)
なお上智は、有価証券の簿価・時価は公開していますが、債券・株式といった内訳の金額は公開していないため、本記事のアロケーション比較では「非公開」としています。事実として確認できないものは推測で埋めない、という方針です。
まとめ ―― 数字は「経営の個性」を映す
2024年度の関東10校を見てきました。あらためて要点です。
- 収支の余裕は青山・法政が高く、日本大学が低い(ただし単年度要因が大きい)
- 慶應は収支構造そのものが特殊 ―― 学生納付金依存が3割と低く、事業多角化が進んでいる
- 資金運用は慶應が規模・果実ともに突出(受取利息104.5億円)。一方、保有規模が大きくても利回りが1%前後にとどまる法人(明治・法政など)もあり、運用の成果には差が出た
- 当年度に大型投資を行った明治・立教・東京理科は基本金組入後収支比率が100%を超えた
偏差値やブランドだけでは見えない「経営の個性」が、決算書には表れています。志望校選びや、学校法人の経理・財務に携わる方の比較材料として参考になれば幸いです。
同じ方法・同じ指標で比較した関西の有名私大5法人(関関同立+近大)の2024年度決算比較も公開しています。関東と関西で運用文化がどう違うかも見えてきます。慶應・明治・立教の3校をAIで分析した試行記事や、帝京・ICUを含む別構成での6校比較と合わせてご覧ください。
全10校の詳細データはnoteで
本記事では要点に絞りました。全10校それぞれの決算数値(収入・支出・特定資産・有価証券の内訳)と、各比率の分子・分母、出典ページまで辿れる元データ、そしてこの比較をどう作ったか(決算書PDFからの抽出プロセス)は、noteで公開しています。
出典・注記
- 数値はすべて各学校法人が公開している2024年度(令和6年度)決算書(計算書類)および事業報告書より取得。
- 比率は私学事業団『今日の私学財政』に準拠した算式で算出。「経常収入=教育活動収入計+教育活動外収入計」。各比率の算式は私学事業団財務比率一覧(PDF)を参照。
- 事業報告書に財務比率の記載がある法人は公表値を、ない法人は計算書類から同一算式で算出。両者は上智・東京理科で一致を確認済み。
- 億円表記は四捨五入。比率は小数第1位。
- 一部の利回り(明治・東京理科)は有価証券簿価ベースだと実態と乖離するため、特定資産ベースの参考値としています。
