2025年度(令和7年度)は、改正学校法人会計基準(令和6年文部科学省令第28号)が適用された最初の決算年度でした。
改正の目玉としてはセグメント情報や計算書類の様式変更が語られがちですが、実際に各法人の決算書を並べて読み比べると、収支の「見た目」をいちばん大きく動かしたのは賞与引当金でした。
関東の有名私大10法人(早稲田・慶應・上智・東京理科・明治・青山・立教・中央・法政・日大)の計算書類と注記を突き合わせたところ、賞与引当金の期首相当額として合計約208.8億円が2025年度の特別支出に一時計上されていました。これは翌年度以降は発生しない、いわば「制度変更の初期費用」です。
この合計額それ自体より重要なのは影響度です。期首一括分を除いた10法人の基本金組入前当年度収支差額の合計は686.7億円ですが、一括計上によって公表ベースでは477.9億円と、約3割押し下げられた計算になります(筆者試算)。しかも影響は一様ではなく、最大の日本大学81.5億円から、賞与引当金を計上していない早稲田・明治のゼロまで、法人間で大きく偏っています。
この記事では、この一過性要因が各法人の収支をどう歪めて見せているか、そして自校や他校の決算を読むときにどこに注意すべきかを、10法人の実例で整理します。
なお、10法人の収支構造・資金運用の全体比較は別記事「【2025年度決算】関東の有名私大10法人を財務で比べてみた」で扱っています。合わせてご覧ください。
賞与引当金の何が変わったのか
賞与引当金は、翌年度に支給する賞与のうち当年度の勤務に対応する部分を、当年度の費用として引き当てておくものです。企業会計では当たり前の処理ですが、学校法人会計では従来、計上実務が法人によりまちまちでした。
今回の基準改正で引当金の計上基準が明確化されたことに伴い、多くの法人が2025年度から賞与引当金の計上を始めています。各法人の注記にも「学校法人会計基準の改正により、引当金の計上基準が明確化されたことに伴い、当年度から計上している」(東京理科大学・日本大学ほか)といった説明が並びます。
ここで会計上のポイントになるのが、計上初年度だけは費用が「二重」に発生して見えることです。
- 当年度分(翌年度支給賞与のうち当年度対応分)→ 人件費の「賞与引当金繰入額」として経常的な支出に計上
- 期首時点で本来存在していたはずの引当金相当額 → 当年度の教育研究活動とは無関係なので、特別収支に一時計上
この期首分の一括計上が、基本金組入前当年度収支差額(いわゆる法人全体の当期損益に相当)を大きく押し下げました。繰り返しますが、これは翌年度から発生しません。
10法人の対応は3パターンに割れた
面白いのは、同じ改正への対応でも、計上のしかたが法人によって3つに割れたことです。
| 法人 | 期首分の計上方式 | 金額 | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 慶應義塾 | 特別支出「賞与引当金特別繰入額」 | 46.5億円 | 注記「期首に計上すべき額として特別収支に4,650,132,424円を計上」 |
| 日本大学 | 特別支出「賞与引当金特別繰入額」 | 81.5億円 | 注記に当年度からの計上と影響額を記載 |
| 青山学院 | 特別支出「賞与引当金特別繰入額」 | 14.0億円 | 注記「期首時点に発生していた賞与引当金相当額1,404,067,000円を特別収支の賞与引当金特別繰入額として計上」 |
| 立教学院 | 特別支出「賞与引当金特別繰入額」 | 9.2億円 | 注記「期首に計上すべき額として特別収支に920,017,110円を計上」 |
| 法政大学 | 特別支出「賞与引当金特別繰入額」 | 14.0億円 | 事業活動収支計算書の特別支出に計上 |
| 上智学院 | 特別支出「賞与引当金特別繰入額」 | 10.0億円 | 事業活動収支計算書の特別支出に計上 |
| 東京理科大学 | 特別支出「過年度修正額」 | 15.6億円 | 注記「期首に計上すべき額として特別収支に過年度修正額1,560,893,857円を計上」 |
| 中央大学 | 特別支出「過年度修正額」 | 17.9億円 | 事業報告書「賞与引当金を計上することとなり、事業活動支出において過年度修正額を計上」 |
| 早稲田大学 | 計上なし(未払金方式) | ─ | 注記「翌年度6月支給予定賞与(各期手当)のうち当年度12月から3月までの確定支給分を未払金に計上」 |
| 明治大学 | 計上なし(未払金方式) | ─ | 注記「賞与の支給に係る当年度に負担すべき支給額は、未払金で計上している」 |

整理するとこうなります。
- 特別繰入型(6法人):「賞与引当金特別繰入額」という専用科目で特別支出に計上。科目名から賞与関連と一目で分かる
- 過年度修正型(2法人):期首分を「過年度修正額」として特別支出に計上。科目名だけ見ると賞与引当金と分からないのが要注意です。東京理科は注記に、中央は事業報告書に、それぞれ賞与引当金に係るものである旨の説明があります
- 未払金型(2法人):早稲田と明治は賞与引当金を計上せず、当年度負担分を未払金として処理する方式を継続。このため両法人には期首一括計上そのものが発生していません
同じ経済実態でも、採った方式によって決算書の見た目がまったく変わる──改正初年度ならではの現象です。他校比較をする際、この差を知らないと「なぜこの法人だけ特別支出が膨らんでいるのか」を読み違えます。
期首一括分を除くと、収支の景色が変わる
では、この一過性要因を取り除くと10法人の収支はどう見えるでしょうか。基本金組入前当年度収支差額に期首一括計上額を足し戻してみます。

| 法人 | 公表値 | 期首一括分を除いた場合 |
|---|---|---|
| 早稲田 | 90.5億円 | 90.5億円 |
| 慶應 | 180.2億円 | 226.7億円 |
| 上智 | 28.8億円 | 38.8億円 |
| 東京理科 | 16.1億円 | 31.7億円 |
| 明治 | 58.0億円 | 58.0億円 |
| 青山 | 36.5億円 | 50.6億円 |
| 立教 | 34.9億円 | 44.1億円 |
| 中央 | 10.7億円 | 28.6億円 |
| 法政 | 51.6億円 | 65.6億円 |
| 日大 | ▲29.4億円 | 52.1億円 |
とくに目を引くのが3法人です。
日本大学。公表ベースでは10法人で唯一の組入前赤字(▲29.4億円)でしたが、期首の賞与引当金81.5億円を除くと52.1億円の黒字圏に転じます。2025年度の特別支出117.6億円の内訳は、資産処分差額17.7億円・賞与引当金特別繰入額81.5億円・過年度修正額18.4億円で、赤字の主因は明らかに制度変更の一過性要因でした。「日大だけ赤字」という見出しだけが独り歩きすると実像を誤ります。
中央大学。公表10.7億円に対し調整後28.6億円と、2.7倍の開きがあります。過年度修正型のため決算書の科目名からは賞与関連と読み取れず、10法人の中でもっとも「見かけと実力の差」が出た法人と言えます。
東京理科大学も公表16.1億円→調整後31.7億円とほぼ2倍です。
逆に言うと、未払金方式を継続した早稲田・明治の数字だけが「素の実力値」であり、他の8法人と公表値のまま横並び比較をすると、この2法人が相対的に良く見えるバイアスがかかっています。
経常収支への影響は小さい(ここも誤解しやすい)
「人件費に賞与引当金繰入額が新しく入ったのだから、人件費比率も跳ねたのでは」と思われるかもしれませんが、こちらの影響は限定的です。
経常側に効くのは「引当金繰入額」と「従来方式で費用計上していた額」の差分だけだからです。実際、影響額を開示している法人を見ると、東京理科は経常収支差額への影響が45,792,495円の減少、日本大学はむしろ125,689,061円の増加(従来方式より費用が減る方向)と、いずれも軽微でした。
つまり2025年度決算の読み方としては、経常収支差額は例年どおり比較してよいが、特別収支と基本金組入前収支差額は一過性要因を確認してから比較する、が正解です。
おまけ:人件費の中身も初めて横並びで見えるようになった
賞与引当金の科目が立ったことで、人件費の内訳構成も法人間で比べやすくなりました。

- 教員人件費の構成比がもっとも高いのは早稲田の67%。非病院法人はおおむね54〜67%の帯に収まります
- 慶應(48%)と日大(46%)が低く見えるのは病院を持つためです。職員人件費(慶應37%・日大38%)に医療スタッフが含まれるので、教育部門の構造として他法人と比べることはできません
- 役員報酬はどの法人も人件費の1%未満(金額では0.9億〜2.1億円)です
- 慶應は退職・年金関係が約15%と構成上目立ちます(退職給与引当金繰入額47.4億円+年金引当金繰入額76.3億円)。年金給付の会計処理は法人ごとの制度差が大きい領域で、単純比較には向きません
実務の現場から──この引当金は決算を分かりやすくしたのか
ここまで「読み方」の話をしてきましたが、正直に書くと、実務担当者としてはこの改正に釈然としない思いもあります。
賞与引当金がなかったこれまでも、学校法人は毎年度おおむね1年分の賞与を費用計上してきました。支給時に費用処理する方式でも、年2回の支給が毎年続く限り、1つの年度に計上される賞与はほぼ1年分です。引当金方式に切り替えても、定常状態では期間損益はほとんど変わりません。今回の期首一括計上208.8億円は、その「ほとんど変わらない状態」へ移行するためだけに発生した、いわば会計制度上の引っ越し費用です。
企業会計で賞与引当金が意味を持つのは、業績によって支給額が変動し、当期に帰属する負担額を見積もることに情報価値があるからです。ところが大学では、業績によって賞与の支給月数が毎年変わるような運用は一般的とは言えません。変動しないものを見積もっても、決算書の利用者が得られる情報はほとんど増えない──企業会計でやっていることを、何でも学校法人会計に持ち込めばよいというものではないのではないか、というのが現場の実感です。
もちろん、改正側の理屈も理解はできます。期末時点の負債を漏れなく貸借対照表に載せる、発生主義を徹底する、企業会計との比較可能性を高める。ガバナンス改革の文脈では筋の通った話です。ただその便益と、本記事で見てきた「初年度の決算が歪む」「注記まで読まないと実像が分からない」「移行対応の実務コスト」を天秤にかけて割に合ったのかどうかは、制度が定着した数年後にあらためて検証されてよい論点だと思います。
制度は決まった以上、正しく運用するほかありません。だからこそ、数字を読む側・説明する側が、この引当金の「情報としての軽さ」と「初年度限りの歪み」を正しく割り引いて扱う必要があります。以下はそのためのチェックポイントです。
実務担当者のチェックポイント
自校の決算説明や他校ベンチマークの際は、次の4点を確認することをおすすめします。
- 自校の期首分がどの科目に計上されたかを確認する。特別繰入型でも過年度修正型でも特別収支の中なので経常収支差額には影響しませんが、理事会・評議員会向け資料では「注記◯ページのとおり一過性の制度変更影響」と明示的に補足しておくと、翌年度の”急回復”を先回りして説明できます
- 他校比較では計上方式の3類型を先に確認する。とくに「過年度修正額」の中身は科目名から判別できないため、注記・事業報告書まで見る必要があります
- 5年推移グラフを作るときは2025年度に注記を付ける。基本金組入前収支差額の系列は、この年だけ構造的に不連続です
- 翌2026年度は繰入額の増減だけが経常に乗る正常状態に戻るため、2025年度を基準年にした前年比較はミスリードになりやすい点にも注意してください
まとめ
- 改正基準1年目の2025年度決算では、賞与引当金の期首相当額約208.8億円(関東10法人合計)が特別支出に一時計上された。10法人合計の基本金組入前収支差額を約3割押し下げる規模だが、内訳は日大81.5億円から早稲田・明治のゼロまで大きく偏る
- 計上方式は特別繰入型6・過年度修正型2・未払金型2に分かれ、科目名だけでは判別できないケースがある
- 日大の「唯一の赤字」は一過性要因を除くと黒字圏。中央・東京理科も調整後は公表値の約2倍で、組入前収支差額の横並び比較は今年度に限り要注意
- 経常収支差額への影響は軽微なので、経常ベースの比較は例年どおりでよい
- 支給月数が業績で変動しにくい大学において、定常状態の期間損益を変えない賞与引当金の情報価値は限定的。制度対応は粛々と行いつつ、数字は割り引いて読みたい
最後に毎回のお断りですが、学校法人の決算は黒字最大化が目的ではなく、基本金組入や教育投資の局面によって収支は大きく動きます。本記事の調整値も含め、単年度の数字で法人の優劣を断じることはできません。あくまで「決算書を正しく読むための補助線」としてご活用ください。
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出典・注記
- 各学校法人が公表する2025年度(令和7年度)計算書類(事業活動収支計算書・貸借対照表)、計算書類の注記事項、事業報告書。数値はすべて決算列の円単位原数値から集計し、内訳和と合計の機械検算を通したものを使用しています
- 期首一括計上額の分類は、特別繰入型・未払金型は計算書類の科目名と注記、過年度修正型は東京理科大学=注記事項、中央大学=事業報告書の記載により確認しました。中央大学の過年度修正額17.9億円は事業報告書で賞与引当金の計上に伴うものと説明されていますが、金額の全額が賞与引当金相当かまでは開示されていません
- 学校法人会計基準の本文は e-Gov 法令検索(学校法人会計基準(昭和46年文部省令第18号))で確認できます
- 「調整後」の値は筆者による試算であり、各法人の公表値ではありません
