大学の資産運用ガイドブック公表:学校法人が押さえたい5つのポイント

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2026年(令和8年)7月22日、文部科学省と経済産業省の連名で「大学の資産運用の促進・高度化に向けたガイドブック」が公表されました。両省合同の「大学の資産運用の在り方に関する研究会」(令和7年10月〜令和8年4月・全4回)の成果物で、公表前日に閣議決定された「日本成長戦略」にも策定・周知が明記されています。

国公私を通じた大学の資産運用について、国が体系的な指針を示すのは珍しいことです(ガイドブック自身も「体系的に整理された指針がなく」という問題意識を出発点に挙げています)。この記事では、公表当日に本文54ページと参考資料一式を読み、学校法人の経理・財務担当者の目線で押さえておきたいポイントを5つに絞って紹介します。

ガイドブックは法令や基準ではなく、任意の参考指針です。「大学に一律の運用手法を推奨するものではなく、それぞれの大学が自律的かつ責任ある判断を行うための共通認識と論点整理を示すもの」(研究会報告書)とされています。何かが義務になるわけではありませんが、実務の通念に関わる重要な記述が多く含まれます。

目次

公表されたのは6点セット

資料分量内容
ガイドブック本体54ページ制度整理・現状分析・検討すべき事項・コラム
ガイドブック概要7ページスライド形式の要約
参考資料① 実態把握調査の結果21ページ国公私の運用実態調査(学校法人609法人が回答)
参考資料② 取組事例集13ページ国立2・私立4法人の事例
参考資料③ チェックリスト3ページ5分類42項目の自己点検リスト
研究会報告書8ページ研究会の議論の総括

経済産業省の公表ページ文部科学省の掲載ページのどちらからもダウンロードできます(研究会報告書のみ経産省側だけの掲載です)。以下、ページ番号はガイドブック本体のものです。

平成21年通知の「読み方」を国が正式に示した

学校法人の資産運用実務で長年参照されてきたのが、リーマン・ショック後の平成21年1月6日付け文科省通知「学校法人における資産運用について」(20高私参第7号)です。ガイドブックは、この通知が多くの学校法人で「元本が保証されない金融商品による資産運用はすべきではない」という意味合いで受け止められてきた、と指摘したうえで(p.19)、次のように明記しました。

上記を踏まえた上であれば、学校法人において、元本が保証されない金融商品(例:上場株式、投資信託・ETF(上場投資信託)など)による資産運用を行うことも可能であること。(p.20。「上記」は平成21年通知が示した統制環境の確立等のポイントを指します)

通知の趣旨(安全性重視・統制環境の確立など)は現在も変わらないとしつつ、通知は元本非保証商品の運用を禁止する意図ではなかった、という公式の整理です。あわせて、寄附行為作成例第65条の「確実な有価証券」という文言についても、「元本が保証されない金融商品の運用を排除するものとは解されない」とし、新たにこうした運用を行う場合も寄附行為の変更は不要と考えられるとしています(p.20-21)。

「うちは元本保証しかできない決まりだから」という説明を長年してきた法人にとっては、前提の再確認を迫られる記述です。

第3号基本金の取崩し要件に踏み込んだ

会計実務者にとって見逃せないのが、本体p.5の脚注にある次の記述です。

含み損を抱えた有価証券(第3号基本金引当特定資産)の売却等に伴う第3号基本金の取崩しは、同条第4号の「その他やむをえない事由がある場合」に該当するものとして認められる(p.5 脚注。「同条」は学校法人会計基準第14条)

第3号基本金の取崩し要件(会計基準第14条)のうち第4号をどう読むかは、これまで明確な拠り所が乏しい論点でした。含み損を抱えた引当特定資産の入れ替え(損切りしてポートフォリオを組み直す)に道筋を示した形で、債券の含み損を抱えたまま身動きが取れない法人には実務上の意味が大きい記述です。なお、学校法人の資産運用は第3号基本金の対象資産に限られるものではない、という整理も同じページにあります。

つまり、第3号基本金引当特定資産の中身である株や債券、投信などが含み損で、売却した場合、基本金を取り崩してよいということになります。ただ、どの程度の含み損ならやむをえない事由なのかは書かれていません。(少しでも含み損なら基本金取り崩してよいのか、△30%や△50%などまで含み損でないと基本金取り崩せないのか)

基本金の仕組みと取崩し要件は別記事(基本金とは何か)で解説していますので、合わせてご覧ください。

実態調査:10.3兆円のうち37%が現金預金

参考資料①の実態調査(令和7年3月31日時点・大臣所轄学校法人665法人中609法人回答)は、私学の運用実態を全国規模の数字で示しました。主な数字を抜き出します。

項目数字
学校法人609法人の運用対象資産合計10兆3,079億円(中央値50.2億円)
うち現金預金37.4%(約3.85兆円)
うち債券41.8%(最大の内訳は国内社債17.5%)
うち仕組債9.9%(1兆186億円)
基本ポートフォリオを設定している法人11%(64法人)
運用担当責任者が「運用経験なし」の法人40%(243法人)

特徴的なのは、運用対象資産500億円以上の大規模46法人(全体の資産の51%を保有)でも、61%は現金預金・債券が8割超という点です。株式やオルタナティブ資産等が5割を超えるのは7法人にとどまり、調査資料自体が「二極化」という言葉でこの状況を説明しています(参考①p.17)。

また、仕組債1兆186億円については「大きな損失の可能性や流動性リスクがあるため、慎重に投資の可否を検討・判断する必要がある」と、国の資料としては踏み込んだ注意書きが付いています(参考①p.16-17)。

調査時点は令和7年3月31日(令和6年度=2024年度決算ベース)です。なお調査には評価損益(含み損益)の集計はありません。個別法人の含み損益は、決算書注記「有価証券の時価情報」で確認できます。最新の2025年度決算の比較では、債券中心の法人と株式・投信を持つ法人とで含み損益が二極化していました。

理事・担当者の「萎縮」を解く記述

運用に踏み出せない理由としてよく挙がる「損失が出たら責任を問われるのではないか」という懸念に対して、ガイドブックは踏み込んだ整理をしています。

  • 理事の善管注意義務違反は、判断の過程・内容に不合理な点がないか等をもとに総合的に判断されるものであり、理事が役割を適切に果たしてもなお損失が生じた場合には「損失が生じたこと自体の結果責任が問われるものではない」(p.36)
  • 担当職員についても、法人のルール・指示に従い適切に執行していれば「損失が生じたことのみをもって、人事評価等において不利益な取扱いをすべきではない」(p.37)
  • 学校法人向けD&O保険(役員賠償責任保険)の活用にも言及(p.37)

チェックリスト(参考資料③)にもこれらが独立の点検項目として入っており、「現場が萎縮しない体制づくり」がガイドブック全体の狙いのひとつになっています。逆に言えば、前提となる運用目的・運用目標・運用方針の3点セットとガバナンス体制(理事会の意思決定・資産運用委員会・権限の明確化など、p.27-35)を整えることが、担当者を守る仕組みでもあります。

計算書類の時価情報は「記載充実」が確定(令和8年度決算から)

会計との接点で今後に効いてくるのが、開示に関する記述です。ガイドブックは、簿価ベースの計算書類だけでは「資産全体のリスクや評価損益を含めた実質的なパフォーマンスを十分に把握することが困難」という指摘を紹介し、計算書類等における有価証券の時価情報に関する記載の充実を図ることを検討する必要があるとしました(p.39)。

これは「検討」で止まりませんでした。ガイドブック公表と同じ日に、文科省は「学校法人の資産運用」ページで、

また、本ガイドブックの策定にあわせて、学校法人会計における有価証券に関する時価情報等の情報提供の充実を図るため、令和8年度決算から計算書類の注記事項及び事業報告書の記載を見直すこととしました。 学校法人会計基準のホームページから令和8年7月22日付の通知をご参照ください。

と公表し、令和8年7月22日付で通知「「大学の資産運用の促進・高度化に向けたガイドブック」の策定及び学校法人会計における有価証券の時価情報等に関する情報提供の充実について(通知)」(8高私参第8号)を発出しています。公表当初は通知本文が未掲載でしたが、その後学校法人会計基準のページに掲載され、通知本文(PDF)で見直しの中身が確認できるようになりました(2026年7月29日確認)。通知の別紙によると、見直しは次の2点です。

  1. 注記「有価証券の時価情報」の明細表の細分化――種類ごとの内訳を、債券は「国内債券・外国債券・仕組債」、株式は「国内株式・外国株式」、投資信託は「インデックスファンド(ETFを含む)・REIT・その他」、その他は「プライベートエクイティ・プライベートデット・その他」に分けて記載する(令和7年3月27日付通知で示された注記事項記載例をこの形に改める)
  2. 事業報告書の「資産運用の状況」の充実――有価証券の貸借対照表計上額・時価・差額の経年比較表と、法人の収入全体に占める資産運用収入(受取利息・配当金+有価証券売却差額)の割合が分かる図表を示すことが「望ましい」とされた(こちらは義務づけではありません)

仕組債が独立の区分として明細表に載るようになる点は、実態調査が仕組債1兆186億円に付けた注意書きと呼応する見直しです。令和8年度(2026年度)決算からの実務変更ですので、経理担当者は通知本文(別添3の注記事項記載例・別添4の事業報告書参考例)の確認をおすすめします。新しい明細表の区分と実務対応の詳細は、別記事(「有価証券の時価情報」の注記が細分化:令和8年度決算からの変更点)で解説しています。

運用状況の評価についても、単年度の損益ではなく、インカムゲインとキャピタルゲイン/ロスを合わせたトータル・リターンを時価ベースで把握し、インフレ率を加味した実質リターンで中長期に評価すべきとしています(p.38)。決算書の注記「有価証券の時価情報」は今後ますます重要になりそうです(注記の読み方は別記事(有価証券は貸借対照表のどこにいるか)で解説しています)。

そのほか目に留まった点

  • これから始める法人向けの「スタートライン」:短期の支払予定のない資金の一定割合を、個別銘柄ではなく低コストの分散投資ファンド(投資信託・ETF)中心に、値動きの異なる資産を組み合わせて始める、という現実的な4ステップを提示(p.31)。物価連動国債や大学向け合同運用ファンドにも言及しています
  • 事例集は国立2・私立4法人:上智学院(運用収入約31億円=収入全体の9.1%)、立命館(2,071億円を4資産均等配分)、大同学園(令和5年度開始・ETF分散で3年年率5.0%)、修道学園(原則売らないインカム特化)と、規模もスタイルも異なる私立4事例が載っています
  • アセットオーナー・プリンシプル(AOP):受入れ表明済みの学校法人は23法人(令和8年7月1日時点)。ガイドブックは「資産運用を行う場合には、AOPの受入れを伴うことが望ましい」としています(p.24)
  • コラムが読ませる内容:米国大学基金が1970年代のインフレを契機に債券中心から転換した歴史(フォード財団「バーカーレポート」など、p.7-8)や、国際基督教大学(ICU)の運用体制を6ページにわたり紹介(p.44-49)。なおハーバードやイェールといった個別大学名は本文には登場しません
  • チェックリスト42項目:本体の内容が5分類42項目の点検リストになっており、自法人の現在地の棚卸しに使えます

筆者の所感:「ありがたい」か「大きなお世話」か

ここからは筆者の見方です。このガイドブックは、全体として学校法人に有価証券による資産運用を促す方向の文書に読めます。それ自体は不思議なことではなく、ガイドブック自身が「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」の「資産運用立国の取組の深化」や「日本成長戦略」(令和8年7月21日閣議決定)に基づく施策であることを明記しています(概要p.6)。国の政策としての「資産運用立国」の文脈の中にある文書だ、ということは押さえておいてよいと思います。

当然ながら、ガイドブックに従って運用したからといってリターンが約束されるわけではありません。損失を被ることもあり得ます(ガイドブック自身が理事の善管注意義務について「損失が生じた場合」の整理を丁寧に置いているのは、その裏返しでもあります)。

受け止め方は、法人の規模とこれまでの運用への取り組み状況によって分かれるだろうと見ています。すでに年間数億円から十億円を超える運用収入を上げている法人にとっては、体制整備や方針策定の章は「当たり前のこと」が多いかもしれません。一方で、規模が小さく、これまで資産運用への取り組み方が分からなかった中小の学校法人にとっては、スタートラインの示し方(p.31)やチェックリストを含めて、道しるべとしての価値があるように思います。実態調査でも、人材・機関を「いずれも設置していない」法人は500億円以上の大規模法人ではゼロである一方、10億円未満の区分では129法人中74法人にのぼり(参考①p.18)、置かれた状況の差は歴然です。

ただし、運用に長く取り組んできた法人にとっても、平成21年通知の再解釈・第3号基本金の取崩しの明文化・時価情報の記載充実の方向性という「制度解釈のアップデート」の部分は実務的な意味があるはずです。読む価値がどこにあるかが法人によって違う文書、というのが公表当日時点での筆者の整理です。

追記:公表後の反響と筆者の意見(7月24日)

公表から2日で、報道とSNSにひと通りの反応が出そろいました。報道では、読売新聞オンラインが「私大に『積極的な資産運用』促す通知へ…文科省、リーマン・ショックから続く『慎重姿勢』17年ぶり転換」(2026年7月22日配信)と報じ、Yahoo!ニュースのトピックスにも入りました。平成21年通知からの転換という、本記事と同じところを核に据えた報道です。

一方、X(旧Twitter)上の反応を筆者が確認した範囲では、否定的・慎重な意見が目立ちました。大きく分けると次のような声です(2026年7月24日時点で目についた範囲の観察であり、網羅的な集計ではありません)。

  • 過去の損失の記憶:2008年前後に一部の私立大学でデリバティブ取引などによる多額の運用損失(100億円を超える損失が報じられた大学もありました)が表面化した事例を挙げ、「また同じことが起きないか」という懸念
  • 方針転換への批判:17年前に慎重姿勢を求めた行政が今度は促進を言う、損失が出たら自己責任になるのではないか、という不信
  • 政策の文脈への警戒:資産運用立国の推進策として、大学の資金を市場に向かわせたいだけではないかという見方
  • 実務体制への心配:運用人材のいない法人が形だけ動くことへの懸念
  • 実用性への冷めた見方:ガイドブックを読むより、先行して取り組んでいる法人に学ぶ方が早いという実務者の声

好意的な反応は、大学財務に関わるアカウントや公的機関による中立的な紹介が中心で、明確な賛成論は少数でした。

そのうえで、筆者の意見はシンプルです。預金で置いておくよりは、運用したほうがよい。学校法人の余裕資金の規模や性格にもよりますが、ポートフォリオの一定割合をETFで株式インデックスに投資したり、国債や米国債を満期をずらしながら持ったり(いわゆるラダー運用を部分的に取り入れる形)したほうがよいのは、そのとおりだろうと思います。金利のつく世界に戻ってきたのですから、なおさらです。

Xで目立つ懸念の多くは、突き詰めれば「運用するかどうか」ではなく「何で・どう運用するか」の問題に読めます。2008年前後に問題になったのはデリバティブ取引や仕組債といった複雑な商品であり(ガイドブック自身が平成21年通知の背景をそう整理しています。p.18)、今回のガイドブックも仕組債には慎重な判断を促し、低コストの分散投資ファンドから始めるスタートラインを示しています。過去の失敗の記憶を「運用そのものをやめる理由」にするか、「商品選びの教訓」にするか。ここが受け止めの分かれ目だろうと思います。

まとめ:実務者は何から手をつけるか

ガイドブックは任意の指針であり、明日から何かが義務になるわけではありません。それでも、学校法人の実務にとっては次の3点で節目になる文書だと考えています。

  1. 「元本保証しか許されない」という通念に公式の整理がついた――平成21年通知・寄附行為の「確実な」の読み方が示され、寄附行為の変更も不要とされた
  2. 会計実務の論点に踏み込んだ――第3号基本金の取崩し(基準14条4号)の明文化、時価情報の記載充実の方向性
  3. 担当者を守る体制の作り方が示された――3点セット(目的・目標・方針)とガバナンス体制、善管注意義務の整理、チェックリスト

まずはチェックリスト3ページで自法人の現在地を確認し、理事会・評議員会への説明材料として本体の該当ページを引く、という使い方が現実的だと思います。実態調査の数字と当サイトの決算分析(含み損益の二極化)との突き合わせは、改めて別の記事で取り上げる予定です。

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出典・注記

  • 文部科学省・経済産業省「大学の資産運用の促進・高度化に向けたガイドブック」(令和8年7月22日)および参考資料一式:経済産業省「大学の資産運用の在り方に関する研究会」ガイドブック・報告書等文部科学省「大学の資産運用の促進・高度化に向けたガイドブック」
  • 本文中のページ番号はガイドブック本体(54ページ版)の印刷ページ、「参考①」は参考資料①「大学の資産運用実態把握等調査」の結果のスライド番号です
  • 平成21年通知(平成21年1月6日付け20高私参第7号「学校法人における資産運用について(通知)」)の原文は文部科学省サイトに掲載されています:通知本文(PDF)文科省「学校法人の資産運用」ページ。通知が実務でどう受け止められてきたかの経緯はガイドブック本体p.18-19の記載によります
  • 令和8年7月22日付け8高私参第8号「「大学の資産運用の促進・高度化に向けたガイドブック」の策定及び学校法人会計における有価証券の時価情報等に関する情報提供の充実について(通知)」:通知本文(PDF)文科省「学校法人会計基準」ページ(2026年7月29日閲覧)。注記事項記載例・事業報告書参考例の見直し内容は同通知の別紙・別添3・別添4によります
  • 実態調査は令和7年3月31日時点(令和6年度決算ベース)・大臣所轄学校法人609法人の回答です。実績利回りや評価損益の集計は調査に含まれていません
  • ガイドブックには「政府初」という記述はありません。本文の「体系的に整理された指針がなく」(p.3)という問題意識の記載に基づき、本記事では「国公私を通じた体系的な指針はこれまでなかった」という趣旨で紹介しています
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この記事を書いた人

経理・財務が10年以上の大学職員です。

資格:簿記2級、FP2級、TOEIC L&R 920点
投資年数:10年以上
投資対象:投資信託(主にインデックス投資)、暗号資産、米国株

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