私立大学の財政分析を扱った書籍は、実はあまり見かけません。本記事では、その数少ない一冊である野中郁江『私立大学の財政分析ハンドブック』(大月書店)を、学校法人の経理・財務の実務者の目線でレビューします。
当時Twitterで他の大学職員の方が呟いていたのを見て購入しました。読む前は「学校法人会計基準の基本的なことを羅列して、意義的なところを解説している本かな」と予想していたのですが、良い意味で裏切られました。会計基準の基本を押さえつつ、実際の事例を挙げた分析方法と、著者自身の考えがはっきり書かれている本です。
著者の考えに全面同意というわけではありません。それでも、企業会計も研究している研究者の視点は、学校法人の中にいると出てこない角度からのもので、新鮮でした。この「同意できない部分も含めて視点が増える」ことが、本書をおすすめする一番の理由です。
こんな人に向いています
- 経理・財務に配属されて、計算書類の「読み方」を体系的に押さえたい学校法人職員の方
- 他大学の決算書を分析してみたい方(本書は実例ベースで分析方法を示します)
- 私学助成や大学財政の議論を、決算書の数字から考えたい方
なお「まず自分の業務に慣れたい」段階の方は、先に私立大学の経理・会計の入門記事から入るのがおすすめです。本書はどちらかというと「分析する側」の本です。
目次と章別ガイド
本書の構成は次のとおりです。当サイトの関連記事を添えておくので、章ごとに読み比べると理解が深まります。
| 章 | あわせて読むと効く当サイトの記事 |
|---|---|
| 1. 基礎知識 | 改正私立学校法・改正会計基準の全体像 |
| 2. 計算書の基本 | 学校法人会計基準の完全ガイド |
| 3. 貸借対照表(BS) | 有価証券はBS本表でなく注記で見る |
| 4. 事業活動収支計算書 | 学校法人会計と企業会計の違い |
| 5. 基本金組み入れ | 基本金とは?第1号〜第4号のわかりやすい解説 |
| 6. 資金収支計算書・活動区分資金収支計算書 | ― |
| 7. 計算書を並べて分析 | 2025年度決算の比較分析シリーズ |
| 8. 財務比率 | 同上(私学事業団定義の比率で横比較しています) |
| 9. 財産目録と内訳表、収益事業決算書 | 学校法人の財産目録の作り方 |
| 10. 学校法人会計基準 | 完全ガイド(同上) |
| 11. 事業団の経営判断指標の問題点 | 後述 |
| 12. 将来計画 | ― |
印象に残った論点
読んだ当時、実務者としてなるほどと思った点を3つ挙げます。
1つめは、根拠法の関係の整理です。 学校教育法・私立学校法・私立学校振興助成法がそれぞれ何を定めていて、どうつながっているのか。恥ずかしながら当時の私はしっかり理解しておらず、本書で頭が整理されました。この法律の三層構造は、決算実務のあらゆる場面(作成期限・監査・公表義務など)の根拠になっている部分です。
2つめは、減価償却引当特定資産は不要だ、という主張です。 多くの法人が当たり前のように積んでいる特定資産に対して、正面から「不要」と論じる文章は、実務の中ではまず出会えません。同意するかどうかは別として、「なぜうちの法人はこれを積んでいるのか」を自分の言葉で説明できるかを試されます。
3つめは、基本金制度への批判的な視点です。 基本金制度が計算書を分かりづらくさせている、という指摘は、決算書を外部の人に説明したことのある担当者なら、思い当たる節があるはずです。基本金の仕組みそのものは別記事で解説していますが、「制度としてどうなのか」という一段上の視点は本書ならではです。
「事業団の指標に批判的な本」を、事業団の指標で分析しているサイトが薦める理由
本書には、私学事業団の経営判断指標への批判的な検討(第11章)が含まれています。一方、当サイトの決算分析シリーズは、まさにその私学事業団定義の財務比率を使って各法人を比較しています。矛盾しているように見えるかもしれませんが、私は両方に意味があると考えています。
事業団定義の比率を使う理由は、法人間で比較できる共通のものさしだからです。全国の学校法人が同じ算式で計算し、事業報告書で公表値と突き合わせられる。横比較にはこれに勝る道具がありません。
一方で本書が教えてくれるのは、そのものさし自体の限界を知っておくという視点です。指標が何を拾えて何を拾えないのかを知っていると、比率の数字を「答え」ではなく「問いの入口」として使えるようになります。数字を計算できることと、数字を疑えること。この2つが揃って、初めて財政分析と言えるのだと思います。
2025年施行の改正基準で読むときの注意
本書は改正前の学校法人会計基準をもとに書かれています。2025年4月に改正基準(令和6年文部科学省令第28号)が施行されたため、いま読む場合は次の点に注意してください。
- 条番号が全面的に振り直されています(たとえば基本金の定義は旧第29条→新第12条)。本書の条文参照は旧基準の番号です
- セグメント情報の注記や財産目録の新様式など、改正で新設・変更された項目は本書には含まれません
- 分析の考え方そのもの(計算書の読み方・比率の使い方)は、基準が変わっても有効です
改正の全体像は以下の記事で確認できます。

まとめ
『私立大学の財政分析ハンドブック』は、学校法人の決算書を「作る側」から「分析する側」へ視点を切り替えたい人に向いた一冊です。著者の主張に同意できない部分があっても(むしろあるからこそ)、読む価値があります。私立大学の財政分析を正面から扱った本は少ないので、経理・財務の担当者は一度手に取ってみてください。
本書で分析の視点を仕入れたら、実際の決算書で試すのが一番です。当サイトでは2025年度決算の比較分析を公開していますので、あわせてどうぞ。

